自分は時代遅れであると卑下しておられるようでもあるし、自分は流行に左右されるような軽佻浮薄(けいちょうふはく)な人種ではないと主張しておられるようでもある。
小方厚『音律と音階の科学』
「鳴かず飛ばず(なかずとばず)の大学教授で終わるより、有名になった自分を想像したほうが楽しいに決まっている」と博士号取得後の若きワトソンは、構造のわかっていなかったDNAの正体を解明し、あわよくばノーベル賞を、とねらうのである。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』
コッホがこの理由による受賞を恥じたとは思えないが、彼としては、ジフテリアにくらべて人類にとってはるかに重大な疾患、結核の予防・治療法の発見により受賞し、自らの名声に錦上花をそえる(きんじょうはなを添える)ことが本望であったろう。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』
日本人のように小柄で脚が短く、聰明で男らしい風貌の持ち主であり、いつも自信たっぷりの御託宣(ごたくせん)を下して「法王」とか「僧正」とあだなされた彼は、また内心の苦悩など絶対に他人にもらさない人でもあった。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』
以後、薩摩は江戸幕府から鋭く睨まれながらも、独立王国のごとき矜持(きょうじ)を胸に抱き、琉球をも支配下に入れ、中央からの干渉をはね返すように独特の精神的文化的風土を培っていきます。
宮尾登美子『篤姫の生涯』
田辺の言い方に、「あのですね、先生」、と思わず佃は口を開いた。「この事件、少々荷が勝ち過ぎ(にがかちすぎ)ているということはありませんか」いましがたの裁判で喉が渇いたか、コーヒーと水を交互に口に運んでいた田辺の手が止まった。
池井戸潤『下町ロケット』
その道を見下ろす川の土手の上に、しばしば姿をみせる二十七、八歳の男がいた。男は身じろぎ(みじろぎ)もせず立っていた。痩せた長身の男で、彫りのふかい日焼けした顔には鋭い眼が光っていた。
吉村昭『雪の花』
この雑誌の中には人種差別というものは全くなく、驚くべきことにはそのために闘っている人々の記事さえないのだ。そういう意味では読者を啓発するということは閑却(かんきゃく)されている雑誌なのである。立身出世物語にしても、世の偏見といかに闘ったかという記録はなく、いかに彼に才能があったか、どうやってうまく金を儲けたかという話ばかりだ。
有吉佐和子『非色』
節子がこの高円寺のアパートに現れたことはついぞ無かったし、考えてみると私がトムと結婚して以来というもの彼女の方から私を訪ねて来たことはなかった。殆ど没交渉(ぼっこうしょう)のままで、母の言う通り私は妹の存在を忘れていることがあった。
有吉佐和子『非色』
大門に退陣を勧めることは、棉花相場で目を掩うばかりの老醜(ろうしゅう)をさらけ出した時から心に決めていたことであったが、現役の社長に退陣を求めることは理屈を超えて至難の業であり、容易に成し得ることではなかった。
山崎豊子『不毛地帯』
"ユナイテッド・モーターズの利益はアメリカの利益なり"と何の衒(てらい)もなく豪語する巨大企業を一発で仕留めるためには、この四十五階からの眺めは、確かにファイトが湧きますからね。
山崎豊子『不毛地帯』
大門社長に三顧の礼(さんこのれい)をもって迎えられ、繊維出身の近畿商事を石油開発まで手がける名実ともに業界第三位の綜合商社に飛躍させた壹岐副社長は、伊原にとってある意味では大門社長以上の雲上人であった。
山崎豊子『不毛地帯』
それもわし一人だけの判断では無うて、壹岐君も堂本君も、君の股肱(ここう)の臣の角田まで、君の病気を懸念し、壹岐君に至っては、いつ心臓発作が起るかも解らない人を使うのは残酷です、あたら有為の人の生涯をへし折るようなものですとまで云うたからな。
山崎豊子『不毛地帯』
マスコミの無節操(むせっそう)さに呆れながらも、里井は始終、オリオン・オイルと組んで応札することに批判的だっただけに、全社沸きたつ喜びから取り残されたような侘しさを覚え、二日前の深夜、テヘランから一番札を取ったという第一報が入った時、壹岐をはじめ主だった役員は全員、大門が宿舎にしているホテルオークラへ招集されたにもかかわらず、副社長である自分には何の報せもなかったことが、屈辱的であった。
山崎豊子『不毛地帯』
しかし先にも云ったように資金使途が海のものとも山のものともつかない(うみのものともやまのものともつかない)石油開発となると、投資家は誰も金を出さない。
山崎豊子『不毛地帯』
石油を安定的、低廉(ていれん)に確保するために、昭和四十二年、民間の企業が石油開発を行うに際して、当たるか、当たらないか全く解らない探鉱、試掘段階のリスク資金を、低利で融資、あるいは出資という形で援助するために設立された機関であった。
山崎豊子『不毛地帯』
バザール以南の下町は、石油の恩恵に浴さない昔通りの貧しい階級が犇くように住み、北の山手にはロイヤル・ファミリーや政府要人の宏壮(こうそう)な邸宅が、こんもりとした緑に囲まれて建っていた。
山崎豊子『不毛地帯』
「どうしてもというのなら、チャンネルを替える意向があいることをちらつかせてみることだ、それで向こうの出方を瀬踏み(せぶみ)してから、今度はこっちが態度を決めるという戦法がいいだろう。」
山崎豊子『不毛地帯』
「吐き気、鳩尾が痛む? それじゃあ、精密検査を受けた方がいいよ、ともかくとつおいつ、気を病んでいることが、一番病気の因だからな」村山は、胃癌を懸念するような云い方をした。
山崎豊子『不毛地帯』
里井が機械担当役員兼東京支社長だった時代から、調査企画面で何かと重用され、地味で目だたぬ存在ながらも五十歳で取締役、五十三歳で壹岐の後任の業務本部長のポストに任じられ、常務に抜擢されたのは、里井のひきがあったればこそで、角田もまた里井のためには、粉骨砕身、公私にわたって仕えて来、今では里井の懐刀(ふところがたな)と目されていることに、心ひそかな自負を持っているにもかかわらず、里井は自分にさえ狭心症の持病を隠し、最低の入院期間を無視してまで日本への帰国を急ぎ、すぐ仕事に取りかかろうとしている不自然なまでの強気に、こだわりを感じた。
山崎豊子『不毛地帯』
それよりこんな激務をしてらして、独り身を通していらっしゃる壹岐さんのお姿を拝見していますと、亡くなられた奥様に対する深いお気持ちが解り、私、つい身につまされ(みにつまされ)て。
山崎豊子『不毛地帯』
一昨年の春、アメリカ近畿商事の社長として赴任し、はじめてこの部屋に足を踏み入れ、窓際に立った時の圧しひしがれるような威圧感とともに、小なりとはいえ、アメリカ近畿商事のトップとして、世界的な企業に伍し(ごし)てゆかねばならぬ大きな責任感と、そうしたポストと機会を与えてくれた大門社長に対する感謝の念が、今さらのように壹岐の心に甦った。
山崎豊子『不毛地帯』
まだ名前がついていないので、"一一五"と暗号で呼ばれていますが、一六〇〇cc、五人乗りのスポーツ・セダンで、御三家の中で落ち目の千代田自動者が、乾坤一擲(けんこんいってき)、これで社運を挽回しようとする命綱の新車なんですよ。
山崎豊子『不毛地帯』
会議のあと、一丸専務をはじめ、生えぬきの役員たちの数人が、私の部屋に来まして、これでは一将功成って万骨枯る(いっしょうこうなってばんこつかる)だと、憤慨しており、副社長である私も、これではやりにくくて、しょうがないですよ。
山崎豊子『不毛地帯』
壹岐は"毒蛇"と仇名され、防衛庁の実権を一手に掌握している貝塚官房長が、こちら側の逮捕者が出るのを、鎌首をもたげ(かまくびをもたげ)て、じっと待っているのかと思うと、背筋に冷たいものが奔った。
山崎豊子『不毛地帯』
防衛部長の川又は、芦田の上司にもかかわらず、同じ檜町の空幕内にいる中央警務隊長からは、一言の報告も相談もなく、聾桟敷(つんぼさじき)に置かれ、警務隊の取り調べに芦田二佐がどの程度、自白し、どういう処分になるのか、全く解らなかったのだった。
山崎豊子『不毛地帯』
一週間の会期中、もう何度、見て廻ったかしれないが、最初はいいと惹かれていた作品の中に、気負いや衒い(てらい)が目にたって来るものもあれば、何となく見過ごしていた抹茶茶碗や、壺に、心のぬくもりを感じはじめるものもあった。
山崎豊子『不毛地帯』
さすがの大門も、空港での日系邦字新聞のカメラマンといい、荷物の積込みの素早さといい、万事に目端(めはし)のきくロス支店長の手配に気をよくし、冷房のきいたクリーム色のキャデラックに乗った。
山崎豊子『不毛地帯』
最初の一年目は一万俵の買付計画が見事に成功したので、二年目の昨年度は一俵百三十ドルの取りきめで五万俵の取引を行ない、既に八割の前渡金も投じていたところ、霜害発生で立ち枯れ、品質不良の大被害を蒙り、棉花栽培者に前渡金の半分の返却を交渉したものの、天然現象だからと撥ねつけられ、五百万ドルに達するこげつき(焦げ付き)をつくってしまったのだった。
山崎豊子『不毛地帯』
教官の中には、陸大のそうした教育の建前を忘れ、自分と異なる説を主張する学生を嫌う者もいたが、坂野郷之は公正で、優れた解答者には、「教官の及ばなかったところまで考えている」と、明言して憚らぬ気宇(きう)の大きさが、より学生に熱を入れさせ、自宅まで押しかけても、とことん学生とつき合うタイプであった。
山崎豊子『不毛地帯』
ですが、社長、あと一息で利食いして逃げようとした潮時を、こうまんまとやられるとは思いませんでした、あの下げ方からすると、鬼頭社長に提灯筋がつい(ちょうちんすじがつい)て売りに入って来たところがあるんじゃないでしょうか。
山崎豊子『不毛地帯』
しかも、昨夜、壹岐にも女をあてがい、遊ばしてやろうとしても、固辞して家へ帰って行き、すべての点で、潔癖で身ぎれいさを持している壹岐の姿勢を思う時、さすがの大門も、どう切り出そうかと、とつおいつ、思いをめぐらせるばかりで、これという名案が思いうかばない。
山崎豊子『不毛地帯』
あの人は猛者揃いの防衛庁の中でも出色(しゅっしょく)の人物で、実に豪胆なんですね、あなたが防衛庁へ入らなかったことを残念がるあまり、わが社のことを、人攫い商社だなどと、人聞きの悪いことをおっしゃり、閉口しています。
山崎豊子『不毛地帯』
紀尾井町の宿舎へ壹岐たちを首実検(くびじっけん)に来た時の平凡な法律家という印象とはうってかわり、裁判長をも睥睨するような眼付で、「検察団を代表して、お願い致したいことがあります、この証人は、(中略)」と云った。
山崎豊子『不毛地帯』
見合いの席で会った浜田大将の令嬢は、彫りの深い美貌と明るい性格の女性であったが、言葉のはしばしに大将である父を意識し、暗に壹岐にも将来、大将になることを期待しているような様子が感じ取られ、それが息の心にそま(こころにそま)なかった。
山崎豊子『不毛地帯』