おかげさまで副総理の謦咳に接し(けいがいにせっし)ました、これは漢方薬の宝、『霊芝』です。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
国民航空はもはやどうしようもない、手術のために手術室へ入ったら、医者は自分一人で誰もいなかったというのが偽りのない心境です、かくなる上は、司直(しちょく)の手に委ねるより他に——。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
私が頭取時代から展開してきた東南アジア、中近東、中南米のプロジェクトには、いつもあれを私の懐刀(ふところがたな)として使い、百戦錬磨の働きで応えてくれています、産銀ファイナンスの社長に就任させたのも、より一層、動きやすくさせるためなのです。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
もちろん決める前には、古巣の後輩に見通しを聞きましたよ、またわが社の幹事銀行である日本産業銀行にも、腹を割って話し合える知己(ちき)がおり、意見を求めました、しかし大蔵省、産銀とも、円高に振れる懸念はないと云い切りましたので、十年物で行く方針稟議を決定したのです。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
国際金融局次長にまでなりながら、僅か一年で印刷局長に転出させられ、ややランク落ちの感が否めない国民航空へ天下ったのは、剃刀のような局長と、きら星の如く居並ぶ課長たちに挟まれて、かすんだ存在であったためと、国見は聞いていた。だが、"元大蔵官僚"は腐っても鯛(くさってもたい)であった。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
昭和五十二年、オイルショック後の繊維業界大不況の中で、関西紡績はアクリル繊維部門で何十億もの損失を出しながら、全体で三百四十億もの黒字決算を行った。主な粉飾(ふんしょく)は工場跡地の売却、在庫品の水増しなどである。このような粉飾に慣れた手腕で、国民航空の業績も操作されるのではないか。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
あれだけの惨事を起こしながら、今なお反省もなく、一部の者が社内利権を貪っているのは、企業倫理が欠如しているからだ、ここで私の腰が退けては、今日まで努力して来たことが灰燼(かいじん)に帰してしまう、おそらく今後も、旧体制の特定派閥と馴れ合ったマスコミが、さらに中傷、誹謗の記事を書きたてるだろうが、いちいち抗議したりする時間は、今の私にはない。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
この額に関し、会長室の恩地部長は、「思いもよらぬ大きな書を表装すると、一畳にもなり、掛けるところはここしかないのです」と説明するが、かくいう氏こそ国見人事の嚆矢(こうし)ともいうべき人物である。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
ところが発令された会長室メンバーの多くは、これまで経営の中枢から遠ざけられていた"冷飯喰い(ひやめしぐい)"が大半で、何を基準にしてこんなメンバーが選ばれたのかと、社内はすっかりシラけましたよ。
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「昨日、お電話したように、会長室の取材に是非、協力して下さい、御巣鷹山事故の大惨事から一年以上、経過しているのに、国民航空は安全運行にどう取り組んでいるのか、遺族はおろか、一般国民にも見えてきません、それどころか、再建に取り組んでいる国見会長への非難ばかりが、一部マスコミから執拗に流されています」と、悲憤慷慨(ひふんこうがい)するように云った。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
四月というからには、会社の他の人事に絡ませ、巧く組合を説得するつもりなのだろう。官僚出身者らしい狡猾(こうかつ)なやり方であったが、海野がそこまで云うなら、やらせることだと考えた。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
「海野さん、あの声明文は、われわれ新経営陣を批判し、極言すれば挑戦して来たものですよ、それを是認するような言い方はおかしいじゃありませんか、それでは真剣な交渉などできるはずがない」厳しく詰る(なじる)と、三成は、「会長のお腹だちのほどは重々、承知しておりますが、今の新生労組と傘下の客乗支部は、一発触発の状態です。」
山崎豊子『沈まぬ太陽』
今日、はじめて顔を合わせた行天常務も、いけすかな(いけすな)かった。ばりっとした身形で、評判通りの切れ者という印象だったが、身元を隠すように、自身のことを否定しかけるあたり、腹がない男だった。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
「あら、秘書課長の川野さんも、私が社長では若過ぎると云われましたけど、お店へ飲みに来る会計士の方に聞いたら、年齢なんか関係ないと云ってらしたわ、二十歳でもスナックを法人にして、社長になっている人もいるんですってよ」柳眉(りゅうび)をさかだてて、迫った。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
組合OBが、会社を喰いものにし、声明文にまで口を出すなどひど過ぎる、曾て組合分裂の時、陰で動いていた人物が、今は黒幕の大物として跳梁(ちょうりょう)しているようでは、国民航空は救いようがない、富士君の年代では知らないだろうが、会社は組合分断にあらゆる術を使い、弱小組合になった国航労組に対し、常識では考えられぬ酷い仕打ちをしたのだ、そのことが大きな亀裂になって、今なお長く尾を曳いているんです。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
生協は執行部とOBの利権の巣窟(そうくつ)であり、その利権を使って、新生労組の役員たちは、本社の管理職になり、エリートコースに乗る、ですから、恩地さんのされたことは、その既得権を取り上げるに等しかったわけです。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
額は下ろされた方がよろしいですよ、口さがない(くちさがない)連中によれば、国見会長は、総理の揮毫された『王道』の額を背負って、自分の為すことすべて総理のお墨付きとばかりに、威光を笠にきている、ということじゃないですか。
山崎豊子『沈まぬ太陽』
「ご苦労さま——、会長特命の調査とかで、私に直接、話って何だね、私は何事につけ方針だけ決め、あとのことはすべて財務部長任せにしているのだがね」早々に煙幕(えんまく)を張った。和光は、机を挟んで冷静に切り出した。
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