治憲は静かにきいた。「なぜ、辞めたいのだ」「疲れました」竹俣は言下に(げんかに)答えた。
童門冬二『全一冊 小説 上杉鷹山』
どんなに優れた人間にも、好事魔多し(こうじまおおし)というたとえがある。まして権力は魔ものである。権力に永く馴れていると、知らないうちに人間は堕落する。
そうです。お屋形さまのご指示は、こういう生きかたを金科玉条(きんかぎょくじょう)にしている人間にとっては、全部逆の指示です。大混乱が起こります。
そのときがそうだった。不得要領(ふとくようりょう)な表情をしている柏木を見ると、須田はムッとした。
歓声は哄笑(こうしょう)に変わった。治憲が米沢に入国して初めてきく藩士たちの哄笑であった。笑いは心をほぐれさせる。ある種の感動が大広間に生まれていた。
城内の大広間は侍たちで溢れた。風がないから人いきれ(ひといきれ)でたちまち暑くなる。暑さは人を不機嫌にする。
須田は、国もとでの重役たちの動きを、手にとるように知っていた。というより、かれもその一味だった。米沢本国での"火種組"の行動は、重役たちからみれば目に余っ(めにあまっ)た。