友人・知人の家に投宿(とうしゅく)していたのだが、そのなかでいちばん気楽にのんびりさせてもらっていたのが、ロンドンの西方イーリングにある民宿「M&K」。
彬子女王『赤と青のガウン』
「鳴かず飛ばず(なかずとばず)の大学教授で終わるより、有名になった自分を想像したほうが楽しいに決まっている」と博士号取得後の若きワトソンは、構造のわかっていなかったDNAの正体を解明し、あわよくばノーベル賞を、とねらうのである。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』
コッホがこの理由による受賞を恥じたとは思えないが、彼としては、ジフテリアにくらべて人類にとってはるかに重大な疾患、結核の予防・治療法の発見により受賞し、自らの名声に錦上花をそえる(きんじょうはなを添える)ことが本望であったろう。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』
日本人のように小柄で脚が短く、聰明で男らしい風貌の持ち主であり、いつも自信たっぷりの御託宣(ごたくせん)を下して「法王」とか「僧正」とあだなされた彼は、また内心の苦悩など絶対に他人にもらさない人でもあった。
科学朝日『ノーベル賞の光と陰』