2025年1月31日金曜日

目端

さすがの大門も、空港での日系邦字新聞のカメラマンといい、荷物の積込みの素早さといい、万事に目端(めはし)のきくロス支店長の手配に気をよくし、冷房のきいたクリーム色のキャデラックに乗った。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月30日木曜日

焦げ付き

最初の一年目は一万俵の買付計画が見事に成功したので、二年目の昨年度は一俵百三十ドルの取りきめで五万俵の取引を行ない、既に八割の前渡金も投じていたところ、霜害発生で立ち枯れ、品質不良の大被害を蒙り、棉花栽培者に前渡金の半分の返却を交渉したものの、天然現象だからと撥ねつけられ、五百万ドルに達するこげつき(焦げ付き)をつくってしまったのだった。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月26日日曜日

気宇

教官の中には、陸大のそうした教育の建前を忘れ、自分と異なる説を主張する学生を嫌う者もいたが、坂野郷之は公正で、優れた解答者には、「教官の及ばなかったところまで考えている」と、明言して憚らぬ気宇(きう)の大きさが、より学生に熱を入れさせ、自宅まで押しかけても、とことん学生とつき合うタイプであった。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月25日土曜日

提灯がつく

ですが、社長、あと一息で利食いして逃げようとした潮時を、こうまんまとやられるとは思いませんでした、あの下げ方からすると、鬼頭社長に提灯筋がつい(ちょうちんすじがつい)て売りに入って来たところがあるんじゃないでしょうか。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月23日木曜日

とつおいつ

しかも、昨夜、壹岐にも女をあてがい、遊ばしてやろうとしても、固辞して家へ帰って行き、すべての点で、潔癖で身ぎれいさを持している壹岐の姿勢を思う時、さすがの大門も、どう切り出そうかと、とつおいつ、思いをめぐらせるばかりで、これという名案が思いうかばない。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月22日水曜日

出色

あの人は猛者揃いの防衛庁の中でも出色(しゅっしょく)の人物で、実に豪胆なんですね、あなたが防衛庁へ入らなかったことを残念がるあまり、わが社のことを、人攫い商社だなどと、人聞きの悪いことをおっしゃり、閉口しています。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月18日土曜日

釣書

丸長が唾を飛ばして、一気に喋ると、横合いから佳子が、写真と釣書(つりがき)を卓袱台の上に広げた。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月11日土曜日

眉目秀麗

曾て紅顔の美青年であった眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔は、眼が落ち窪み、頰が削げ、名乗らなければ解らぬ面変りのしようであった。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月10日金曜日

索漠

同胞の中に身を置きながら、自分一人だけが異邦人のように扱われている索漠(さくばく)とした思いが、さらに神経を昂らせた。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月7日火曜日

首実検

紀尾井町の宿舎へ壹岐たちを首実検(くびじっけん)に来た時の平凡な法律家という印象とはうってかわり、裁判長をも睥睨するような眼付で、「検察団を代表して、お願い致したいことがあります、この証人は、(中略)」と云った。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月6日月曜日

曖昧模糊

やがて、壹岐は食事を終え、曖昧模糊(あいまいもこ)とした思考に疲れ果て、そのまま眠りかけると、扉が開かれた。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月5日日曜日

よすが

壹岐は、ジープの左右に眼を配り、ハバロフスクに残されている日本将兵の消息を探ろうとしたが、市街地のせいか、消息を知るよすが(縁)となるものは、何も見当たらない。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月4日土曜日

慚愧

その同じ時期に、自分たち司令部の参謀は、飛行機で一路、ハバロフスクに連行され、無為の日を送っていたのかと思うと、慚愧(ざんき)の思いが、胸を貫いた。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月2日木曜日

心に染む

見合いの席で会った浜田大将の令嬢は、彫りの深い美貌と明るい性格の女性であったが、言葉のはしばしに大将である父を意識し、暗に壹岐にも将来、大将になることを期待しているような様子が感じ取られ、それが息の心にそま(こころにそま)なかった。

山崎豊子『不毛地帯』

2025年1月1日水曜日

囂しい

シベリア鉄道の主要駅であるハバロフスク駅らしかったが、線路の間に紙屑が散乱し、人々が勝手に線路に渡り、それを静止する駅員の声がし、無秩序で囂しかっ(かしましかっ)た。

山崎豊子『不毛地帯』