玄宗は韓休の口から出る言葉で、諫言(かんげん)以外のものを余り聞いたことはなかった。
井上靖『楊貴妃伝』
平伏している用人は、これはいぶかしきこと、と少し頭を下げて、
「は、将軍家にいらせられます」
と答えるとただちにたたみかけられ、
「ならば、城明け渡しはその将軍家よりご命令が下されしものか。主なき空城を、むざむざと敵の手に渡せよというご命令がもはや下されたのか」
と詰め寄られ、用人は冷汗三斗(れいかんさんと)の思いで、
「上さまはただいまご謹慎中にて、直接の命令にてはございませぬが」
と口ごもると、はげしい叱責が降ってきて、
宮尾登美子『天璋院篤姫』
篤姫は二人が琴瑟相和す(きんしつあいわす)ことをひたすら願う心の隅に、黒い羨望と嫉妬が蹲っているのを深く自らの恥としているが、ときどきそれに負けて、夜半、ふと考え込んでいることがある。
宮尾登美子『天璋院篤姫』
もし篤姫の冷静な助言がなかったら、婚儀続行中の最中、花園がまなじりを決して(まなじりをけっして)乗り込んでゆき、庭田典侍が例によって冷やかに、かつ誇り高く、こちらを見下したような対応をしたら、ますます険悪となるところだった、と思うのであった。
宮尾登美子『天璋院篤姫』
各部屋とも障子、畳をすっかり新しくし、古い諸道具は大納戸へ片づけて見ちがえるように整然とした座敷には、各匠畢生(ひっせい)の力作の手道具類を飾り、これでもういつこの部屋の主が来てもよいよう、準備万端ととのっているのを見て篤姫はすっかり安心した。
宮尾登美子『天璋院篤姫』