面従腹背(めんじゅうふくはい)という言葉が侘しく脳裏をかすめ、辞表という刃で一人、自分に退陣を迫った壹岐の方が、まだしも血が通っているように思われた。
山崎豊子『不毛地帯』
大門に退陣を勧めることは、棉花相場で目を掩うばかりの老醜(ろうしゅう)をさらけ出した時から心に決めていたことであったが、現役の社長に退陣を求めることは理屈を超えて至難の業であり、容易に成し得ることではなかった。
山崎豊子『不毛地帯』
"ユナイテッド・モーターズの利益はアメリカの利益なり"と何の衒(てらい)もなく豪語する巨大企業を一発で仕留めるためには、この四十五階からの眺めは、確かにファイトが湧きますからね。
山崎豊子『不毛地帯』
大門社長に三顧の礼(さんこのれい)をもって迎えられ、繊維出身の近畿商事を石油開発まで手がける名実ともに業界第三位の綜合商社に飛躍させた壹岐副社長は、伊原にとってある意味では大門社長以上の雲上人であった。
山崎豊子『不毛地帯』
それもわし一人だけの判断では無うて、壹岐君も堂本君も、君の股肱(ここう)の臣の角田まで、君の病気を懸念し、壹岐君に至っては、いつ心臓発作が起るかも解らない人を使うのは残酷です、あたら有為の人の生涯をへし折るようなものですとまで云うたからな。
山崎豊子『不毛地帯』
マスコミの無節操(むせっそう)さに呆れながらも、里井は始終、オリオン・オイルと組んで応札することに批判的だっただけに、全社沸きたつ喜びから取り残されたような侘しさを覚え、二日前の深夜、テヘランから一番札を取ったという第一報が入った時、壹岐をはじめ主だった役員は全員、大門が宿舎にしているホテルオークラへ招集されたにもかかわらず、副社長である自分には何の報せもなかったことが、屈辱的であった。
山崎豊子『不毛地帯』