バザール以南の下町は、石油の恩恵に浴さない昔通りの貧しい階級が犇くように住み、北の山手にはロイヤル・ファミリーや政府要人の宏壮(こうそう)な邸宅が、こんもりとした緑に囲まれて建っていた。
山崎豊子『不毛地帯』
バザール以南の下町は、石油の恩恵に浴さない昔通りの貧しい階級が犇くように住み、北の山手にはロイヤル・ファミリーや政府要人の宏壮(こうそう)な邸宅が、こんもりとした緑に囲まれて建っていた。
山崎豊子『不毛地帯』
「どうしてもというのなら、チャンネルを替える意向があいることをちらつかせてみることだ、それで向こうの出方を瀬踏み(せぶみ)してから、今度はこっちが態度を決めるという戦法がいいだろう。」
山崎豊子『不毛地帯』
「吐き気、鳩尾が痛む? それじゃあ、精密検査を受けた方がいいよ、ともかくとつおいつ、気を病んでいることが、一番病気の因だからな」村山は、胃癌を懸念するような云い方をした。
山崎豊子『不毛地帯』
里井が機械担当役員兼東京支社長だった時代から、調査企画面で何かと重用され、地味で目だたぬ存在ながらも五十歳で取締役、五十三歳で壹岐の後任の業務本部長のポストに任じられ、常務に抜擢されたのは、里井のひきがあったればこそで、角田もまた里井のためには、粉骨砕身、公私にわたって仕えて来、今では里井の懐刀(ふところがたな)と目されていることに、心ひそかな自負を持っているにもかかわらず、里井は自分にさえ狭心症の持病を隠し、最低の入院期間を無視してまで日本への帰国を急ぎ、すぐ仕事に取りかかろうとしている不自然なまでの強気に、こだわりを感じた。
山崎豊子『不毛地帯』
それよりこんな激務をしてらして、独り身を通していらっしゃる壹岐さんのお姿を拝見していますと、亡くなられた奥様に対する深いお気持ちが解り、私、つい身につまされ(みにつまされ)て。
山崎豊子『不毛地帯』
一昨年の春、アメリカ近畿商事の社長として赴任し、はじめてこの部屋に足を踏み入れ、窓際に立った時の圧しひしがれるような威圧感とともに、小なりとはいえ、アメリカ近畿商事のトップとして、世界的な企業に伍し(ごし)てゆかねばならぬ大きな責任感と、そうしたポストと機会を与えてくれた大門社長に対する感謝の念が、今さらのように壹岐の心に甦った。
山崎豊子『不毛地帯』