帰国を一カ月後に控えたこの僥倖(ぎょうこう)を、我楽は今まで考えたことも無い神に謝した。
山崎豊子『運命の人』
弓成の熱意にほだされるように、云った。
入場して来た時の勢いはどこへやら、スタコラと逃げる赤牛の現金(げんきん)さに、敗ければ敗けたで惜しみない歓声が上った。
だけどミチとの二人暮らしで、そんな甲斐性(かいしょう)はないからね。
作業中とは別人の稚気(ちき)を含んだ表情だった。
長い間、アメーバ赤痢に 苛まれ(さいなまれ)餓え、先生の巨軀と強靭な体力であればこそ、今まで持ちこたえて来られたのだろうが、もう自ら手足を動かせる余力さえ残っていないのかもしれない。
逡巡(しゅんじゅん)の挙句、ペンを動かした。