2025年9月26日金曜日

天の配剤

しかし天の配剤(てんのはいざい)は妙である。あるいは人の配剤もまた妙というべきか。

科学朝日『ノーベル賞の光と陰』

2025年9月20日土曜日

鳴かず飛ばず

鳴かず飛ばず(なかずとばず)の大学教授で終わるより、有名になった自分を想像したほうが楽しいに決まっている」と博士号取得後の若きワトソンは、構造のわかっていなかったDNAの正体を解明し、あわよくばノーベル賞を、とねらうのである。

科学朝日『ノーベル賞の光と陰』

2025年9月19日金曜日

錦上花を添える

コッホがこの理由による受賞を恥じたとは思えないが、彼としては、ジフテリアにくらべて人類にとってはるかに重大な疾患、結核の予防・治療法の発見により受賞し、自らの名声に錦上花をそえる(きんじょうはなを添える)ことが本望であったろう。

科学朝日『ノーベル賞の光と陰』

2025年9月17日水曜日

御託宣

日本人のように小柄で脚が短く、聰明で男らしい風貌の持ち主であり、いつも自信たっぷりの御託宣(ごたくせん)を下して「法王」とか「僧正」とあだなされた彼は、また内心の苦悩など絶対に他人にもらさない人でもあった。

科学朝日『ノーベル賞の光と陰』

2025年9月16日火曜日

きわもの

モアサンにとって、ダイアモンド合成は決してきわもの(際物)的テーマではなく、フッ素の研究の自然な発展であった。

科学朝日『ノーベル賞の光と陰』

2025年9月15日月曜日

一念岩をも通す

このあたりは女の一念岩をも通す(いちねんいわをもとおす)というほどで、篤姫のたいへんな意地を感じるところです。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月14日日曜日

恬淡

天璋院様は、じつにお心広く、金銭にまことに恬淡(てんたん)たるお方であったと、のちのちに伝えられることになったのも、こうした点に由来しているのではないでしょうか。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

曲がりなりにも

曲がりなりにも(まがりなりにも)現人神とされる天皇の娘として生まれ育った人に、今日から徳川の人間になれ、夫を立てて自分は一歩ひいて生きろといっても、やはり無理があったのではないでしょうか。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月12日金曜日

手元不如意

当時の公家は手元不如意(てもとふにょい)なため、和宮の姉の敏宮は住むところさえなく輪王寺宮門跡の里坊河原屋敷に仮住まいをしていました。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月11日木曜日

御簾中

しかし、その有君に早く先立たれ、先にも述べたように、次にやってきた御簾中(ごれんじゅう)は謀略が絡んでいたため、ひどい目に遭いました。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月10日水曜日

陸続

篤姫の輿が到着した後も行列は陸続(りくぞく)と続き、後尾はなお渋谷村を出立していませんでした。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月9日火曜日

諄々と

こうしたことを諄々と(じゅんじゅんと)説いたのです。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月8日月曜日

挺身

いまの時世は女ながらも国のために挺身(ていしん)し、重大な時局を乗り切ることが肝要と思われる。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月6日土曜日

矜持

以後、薩摩は江戸幕府から鋭く睨まれながらも、独立王国のごとき矜持(きょうじ)を胸に抱き、琉球をも支配下に入れ、中央からの干渉をはね返すように独特の精神的文化的風土を培っていきます。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月5日金曜日

蒲柳

篤姫の兄たちもやはりからだが弱く、患いがちな蒲柳(ほりゅう)の質でしたから、両親はからだを鍛える目的で子供たちを田舎の岩本村の別邸で過ごさせることにしたのです。

宮尾登美子『篤姫の生涯』

2025年9月4日木曜日

半値八掛け二割引き

「そんな話は、半値八掛け二割引き(はんねはちがけにわりびき)だ」田村の評価は厳しい。

池井戸潤『下町ロケット』

2025年9月3日水曜日

きっぷ

母は持ち前のなきっぷ(気っ風)のよさで、佃を励ました。

池井戸潤『下町ロケット』

2025年9月2日火曜日

弥縫策

妙な弥縫策(びほうさく)を講じるのも得策とは思えず、「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」とだけいい、その場を辞去するしかない。

池井戸潤『下町ロケット』

2025年9月1日月曜日

お座なり

「考えとくよ」佃のお座なり(おざなり)の返事にも、須田は背筋を伸ばして一礼した。

池井戸潤『下町ロケット』