「死ぬために来たのです。死を怖れることなんかあるものですか」女は昂然(こうぜん)と言った。
新田次郎『天国案内人』
いわば、網走湖の浮島天国を相手に禅問答(ぜんもんどう)でもしているようであった。
すてばち(捨て鉢)的なことばを吐いたにしては、まとも過ぎるほど冷たい表情がそこにあった。
そのころになると、発疹チフスはもうどうにもできないほどの猖獗(しょうけつ)をきわめた。
新田次郎『七人の逃亡兵』
ロシヤ語の片言が話せる者は、ソ連兵に鼻薬(はなぐすり)をきかせて堂々と取引をするという噂もあった。
夜の帷が降り(よるのとばりがおり)たと言っても、厳密には天文薄明と言われる時刻であった。
新田次郎『生き残った一人』
不夜城はあまりに大きくそして光芒(こうぼう)は強烈だった。
会社首脳部は軍の命令をそのまま津島におしつけ、監督官はつきっきりで作業を督促し、シュルツは仮借(かしゃく)のない態度で図面に眼を光らせた。
新田次郎『はがね野郎』
ふんと鴨矢は鼻でせせら笑いながら、横目で沢田を睨むと、芳崎の遺品の毛布を丸めて小脇に抱えて、引き揚げていった。
新田次郎『望郷』