京から流れこんだどこの馬の骨ともしれぬ徒手空拳(としゅくうけん)の庄九郎を引き立てたのは長井一族である。
司馬遼太郎『国盗り物語』
庄九郎にとってなにが面白いといっても権謀術数(けんぼうじゅっすう)ほどおもしろいものはない。
しかしながら権門勢家(けんもんせいか)の兄弟ほど油断のならぬものはござりませぬ。
むろん、たかが八歳の女児、ということはわかっている。しかし那那という児に対する庄九郎の態度は、どこかきなくさい(きなくさい)。
明智一族が鷺山の土岐頼芸に味方する以上、明智側から人質をさしだすのが、この時代の当然の礼儀であり、政治的表明であり、誠意の披瀝(ひれき)であり、ごく常識的なルールである。
「いまひと椀」と、庄九郎は、小姓に椀を出した。小姓が六つ目を盛った。「ご健啖(けんたん)でござるな」と、明智頼高があきれた。
頼芸様は、たよれるお人ではない、いかに深窓(しんそう)そだちの深芳野でも、そう思わざるをえない。